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キャンプパンジーはルワンダとザイール(コンゴ)との国境からわずか100から200mしか離れていないザイール側にある難民キャンプです。
ルワンダ軍関係者が多く国連(UN)などが表立って支援できず。とても衛生状態や食料供給が悪く、また 戦争孤児の特に多いキャンプでした。 キャンプ内には戦争で負傷した兵士があふれ軍医が残されたわずかな器具で毎日多くの負傷兵を手術していました。 私達はキャンプパンジー内に子供や婦人達のためのクリニックを作りました。 患者数は約8000人ほどで、軍の検査師がいたため血液や便の顕微鏡による検査が出来ました。 |
| クリニックはキャンプ内の古くからあるトタン屋根の小屋に設置 しました。毎日約70から100人ほどの患者さんが訪れました。 雨になると雨の音がとてもうるさい。i |
パンジークリニックの検査報告書 これはマラリア++ |
| クリニック内部 看護婦2人と通訳1人、医者1人です。 ルワンダではフランス語が公用語でキニアルワンダ、リンガラ、スワヒリなど様々な言葉が使われていて それを英語に訳してもらいます。 白いカーテンの後ろが分娩室です。 |
クリニック前には戦争中にもかかわらずのどかな売店が出来ました。タバコや石鹸、ガムなどが売られました。 |
| カルテは紙が貴重なので折り紙や、ノートの切れ端を使いました。(黄色いのが折り紙です) | キャンプの孤児達は何時でも明るく 元気に遊んでいました。 |